risuboxerノート

これでも毎日楽しく生きてるよ

デザインについて最近思うこと

デザインの大切さというのを最近感じる

色とか形とかの話ではなくて、方向性の話

 

デザインって色とか形とか、はたまた"意図した設計"なんて訳されることがあるよね

小さな小物から、大きな建造物、ライフスタイルなんかにも使われてほんとデザインって便利な言葉だ

 

デザインとはなんぞやということをデパートの売り場を見ながらと、職場で怒られた経験から考えた

 

まずデパート。ここでいうデパートはルミネとかパルコとかオシャレ感があるとこね。

よく売り場を観察すると商品以外のものも陳列されている。これは意外に最近まで気づかなかった。ファッション小物と一緒に観葉植物が置いてあったり、アンティーク調の椅子や箱が置いてあったり、奇怪なガラスのオブジェが置いてあったり、これいくらですか?なんてアホな質問もでないくらい自然に置いてあってびっくりした。考えてみれば売り物じゃないものが売り場に置かれているって少し変だ。いわば商品の陳列スペースをつぶしているともいえないか。大事な売り場を減らしてでも置かれるモノは何を示している?

大概、商品ではないモノが置かれているケースは①商品数が少ない専門店で、②ブランドを大事にしている。

顕著なのがファッションブランド。おそらくだが、商品単体ではブランドが持つイメージを伝えきれないのではないかな。リュックだけが陳列されていてはただの量販店と変わらない。しっかりとブランドが持つイメージを売り場を通して伝える必要がある。そのための商品ではないけど、ブランドイメージを表現するためのモノがどうしたって必要になるんだろうな。そしてそれは床、天井、壁、棚、スタッフにまで気を配られ、一体となったイメージ提示が不可欠なんじゃなかろうか。

 

続いて、怒られたケース。見え方の問題。

真面目に働いているのにそうは見えないとはなんともバカげたはなしだ。必死に動くからこそちょっとした行動が雑になるのはしかたない。ここを指摘された。どうやら社会がもつ理不尽な一面を捉えきれていなかったみたいでボクは甘ちゃんだった。本当に正しいより、正しく見える思わせることが正解となる世界。仕事をちゃんとしてればいいじゃない!では通用しきれないということがわかってある意味得をした。

そこからは見せることを意識することが続いている。仕事が出来る人だったら、このわずかな移動距離でもきびきび動くだろうな、と考えればそう行動する。出来る人だったらここで律儀にお礼をするはずだ、と考えればそう行動する。もちろん業務上のパフォーマンスは損なっては元も子もない。ただ、人は神様でないから全てを見ていることはないと考えれば人目につかない”いいこと”は本当に自己完結で終わってしまう。見せずに滲んでくるのを待つもよし、あえておおっぴらに見せるもよし。そこは使いようということになる。

 

 

まとめると、どう見せたいかとどう見られたいかは意志の部分が大きいぞということ。

大自然の中でも丈夫に耐え抜く上質な作りがビジネスシーンで逆行に耐え抜く力強さを彷彿させるブランドイメージを伝えるために売り場を作ることも、任せられる安定感をもちつつ吸収力に勢いがあり気の利くやつと思われるように行動をすることも、イメージを伝えるために方向付けられたアクションが生まれている。この方向をつけて誘導させることをデザインと呼びたい。

それは方向付けられる自分に対しても、方向付けを誘導される他人に対しても言えることなんじゃないかな。

 

むむむ 難しく考えすぎた。